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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1989号 判決

控訴人(昭和三九年(ネ)第一九九四号)

被控訴人(同年(ネ)第一九八九号)

(第一審原告)株式会社築地小劇場

右代表者代表取締役 鈴木富治郎

同 松田粂太郎

右訴訟代理人 佐伯静治

藤本正

村井正義

石川正一

猿谷明

控訴人(昭和三九年(ネ)第一九八九号)

被控訴人(同年(ネ)第一九九四号)

(第一審被告) 森脇将光

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人 長田喜一

曽我部東子

右訴訟復代理人 浜岡計

主文

第一審原告及び第一審被告らの各控訴を棄却する。

控訴費用はこれを三分し、その一を第一審被告らの、その余を第一審原告の各負担とする。

事実

第一審原告は、「原判決中、第一審原告敗訴部分を取消す。第一審被告らは各自第一審原告に対し金一億六八二二万二〇〇〇円及びこれに対する昭和三八年一月一八日から右支払済まで年五分の割合の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告らの控訴につき、「控訴棄却」の判決を求め、第一審被告らは「原判決中第一審被告の敗訴部分を取消す。第一審原告の右請求を棄却する。」との判決を、第一審原告の控訴につき「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次に附加するほか原判決事実欄記載のとおりであるからこれを引用する。

(第一審原告の陳述)

(一)  本件土地価格は本件不法行為前後を通じ現在に至るまで高騰をつづけているという特別の事情があり、第一審被告会社は金融業者、第一審被告森脇はその代表取締役で右特別事情を充分知っていたものであるから第一審原告は右騰貴した時価により(最高裁昭和三七年一一月一六日判決民集一六巻一一号二二八〇頁参照)損害額を算定しうべきところ、昭和三五年八月当時の本件土地賃借権価格は金一億五二五七万五〇〇〇円(原審鑑定の結果によると、土地賃借権価格は土地価格の八割五分であるから、右三五年八月本件土地を日本電々公社に売渡した価格金一億七九五〇円に右八割五分を乗じたもの)であり、これに、右鑑定による本件土地価格騰貴率(原審鑑定による、昭和三五年八月の土地価格を三二とすれば鑑定時たる同三九年二月末のそれは七〇の割合)で算出すると右三九年二月末当時の本件土地賃借権価格は金三億〇五二〇万円以上であるからこれより和解契約上第一審原告が第一審被告会社に支払うべかりし金二〇〇〇万円を控除した範囲内である金二億三三九二万円は本件不法行為による損害額である。

(二)  右損害額が認められないとしても、原審鑑定によれば、鑑定時である昭和三九年二月末(第一審原告昭和三九年一〇二一日付準備書面(四)冒頭に昭和三五年二月末とあるのは誤記と認める。)の本件土地賃借権の価格は金一億九〇四四万円であるから、これより前記金二〇〇〇万円を控除した金一億七〇四四万円が本件不法行為による損害額となる。

(三)  本件損害額は右算定方法によることが許されず不法行為時の時価によるべきものとしても、昭和三五年八月当時の本件土地賃借権の時価は金一億五九五〇万円(前記一億五二五七万の誤記と認める。)であるから、これより前記金二〇〇〇万円を控除した金一億三九五〇万円(前記誤記にもとづく計算違と認める。)は損害額として請求しうべきものである。

(証拠)≪省略≫

理由

(一)  当裁判所もまた第一審原告の第一審被告らに対する本訴請求は原判決の認容した限度で理由があり、その余の部分は理由がないと判断する。その理由は、以下(二)ないし(四)のように付加訂正するほか原判決理由と同一であるから、これを引用する。

(二)  原判決三枚目表六行目の「失うこと」の次に「(4)第一審原告が本件土地賃借権を他に譲渡するときは、第一審被告会社は一回に限りこれを承諾すること、」と加入し、同じく「の趣旨の」とあるのを「とする」と改め、同丁表六、七行目の「は当事者間に争がないところ、さらに、」を削り、これに代えて「並びに、」と加入し、同三枚目裏一行目の「証人上村進の証言、」の次に「当審証人松島政義の証言の一部、原審並びに当審における第一審」と挿入し、同丁裏末尾より四行目の「被告森脇」の前に「当審証人松島政義の証言、原審並びに当審における」を加入する。

(三)  原判決第四枚目表第六行目「というべきである。」以下同第一〇行目までを次のように改める。

「ものであって、若し第一審被告が前記期日までに本件土地の所有名義を回復することを怠った場合は、第一審原告において第一審被告が右名義を回復し次第遅滞なく約定の金二〇〇〇万円を支払って第一審被告から本件土地を前記賃借条件で賃借し得べき一種の期待権を失わないものと解するのが相当である。」

(四)  第一審原告は、当審において本件損害額算定につき前掲示の如く種々主張するけれども、不法行為に基づく損害額算定の基準時は、特段の事情が認められないかぎり、不法行為の時と認むべきであるから、本件において第一審被告会社が本件土地を訴外日本電々公社に売渡し第一審原告の本件土地を賃借し得べき期待権を失わしめた昭和三五年八月五日を標準としてこれを算定すべきものであること原判示のとおりであって、その後における賃借権の価格の騰貴を参酌すべき特段の事情があるものとは認められない。蓋し、本件不法行為によって第一審原告が侵害されたのは、賃借権を取得し得べき一種の期待権であるから、その侵害によって生じた損害は侵害当時における賃借権(取得し得べかりし賃借権)の価格にほかならないけれども、右期待権が期待権として他に譲渡されることは本件の場合予想できないのみならず、仮りに当時賃借権自体を取得したものとしても、≪証拠省略≫によれば、第一審原告は戦災による焼失前にその劇場を開設していた由緒ある本件土地に、建物を再建し、これを再興するために、所有者である第一審被告会社からこれを賃借すべき本件和解契約を締結したものであって、右賃借権を他に転売するなどの方法により利益を得る目的に出たものではないこと、それ故右和解において、前認定の如く「第一審被告会社は第一審原告に対し将来設定すべき本件土地賃借権につき、第一審原告は一回に限りこれを他に譲渡できることを予じめ承諾する。」旨の条項があるのは、もっぱら第一審原告が劇場再建に当り、資金調達のためやむを得ない必要のあるときはその担保として一回限り右借地権を他に譲渡して融資を受けることを可能とする目的にいでただけであって、右担保の目的をこえ通常の取引としてこれを譲渡することの承諾ではなかったことが認められるので、本件不法行為以後における土地賃借権の交換価格の騰貴を損害額算定につき考慮すべき特別の事情はないといわざるを得ないからである。

それ故第一審原告の前記各主張はいずれも理由がない。(なお、第一審原告は、当審における第一審被告森脇将光の供述によって認められる、「昭和三五年八月五日第一審被告が本件土地を日本電々公社に売渡した価格が金一億七二〇〇万円であった」事実を以て本件土地賃借権評価の基礎とするけれども、右供述及び原審における鑑定の結果並びに本件弁論の全趣旨を総合すれば、日本電々公社はその局舎建設の候補地として特に本件土地を買受けることを希望したので、必しも時価に拘泥しないでその売買がなされた事情を窺うに足りるので、右売買の価格によっては、未だ遡って本件不法行為当時における本件土地賃借権の価格に関する前記認定をたやすく覆すに足りない。)

(五)  よって第一審原告及び第一審被告らの本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 長利正己 田尾桃二)

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